謎の老婆の教え

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私は入退院を繰り返していたので、お金がとてもかかっていた。

仕事が忙しい母は夜中になってから病院へ来ていたという。着替えを届けて、洗濯物を持ち帰っていた。

母はあるとき、暗い待合室でひとり、途方に暮れていた。
働いても働いても、すべて娘の治療費で消えてしまう。
娘は一生治らないかもしれない。
こんな苦しい毎日がいつまで続くのだろうかと。

「どうなされました?」
母が顔を上げると、品のいい老婆が立っていた。
母は初対面にもかかわらず、切々と今の苦しい思いを語った。

老婆は意外な言葉を返してきた。
「一升枡(いっしょうます)には一升しか入らないのですよ」
母はすぐには意味がわからなかった。
老婆が続けて言う。
「よく考えてみなさい。水がいっぱいになれば溢れる。
働いても働いても、金が流れていくのと同じなんですよ」
「はあ」
「一升枡に入れるものを考えなさい」
そう言い残し、老婆は去っていった。

母は考え込んだが、それでもまだ理解できなかった。

数日後、待合室で同じように母が思い悩んでいると、
「どうされました?」
と聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
あのときと同じ老婆が現れたのだ。
母は変わらない状況の苦しみを語った。
老婆は例え話をせず、具体的に教えてくれた。
「仕事は抑えて、子どもをちゃんとみなさい。
そしてニンジンジュースを飲ませなさい」

その後、母は考えを改め、仕事を減らして、私を家で看病するようになった。
私の病気は腎盂腎炎であったため、甘いもの、しょっぱいもの、辛いもの、冷たいものをすべて禁じられていた。
試された自然療法として、干したミミズを足の裏に張られたり、赤い袋に入れたニンニクを首から下げられたりした。何かわからない薬草を煎じて飲まされたこともある。

老婆のアドバイスにあったニンジンジュースは毎日飲まされた。
母はニンジンをジューサーにかけて毎日新鮮なものを作ってくれた。
当時の野菜は灰汁(あく)が強く、ニンジンジュースといったものも売られていなかった。
幼児の私にはとても飲める味ではなかった。
母なりにさまざまな工夫を凝らした。レモンやリンゴを混ぜて、どうにか飲みやすいようにしたのだ。
ニンジンジュースは時間が経つと酸化して真っ黒になる。
気持ち悪く感じた私は飲んだふりをしてこっそり捨てていたこともあった。

あるとき、母が伯父と電話で話しているところを聞いてしまった。
毎日、ニンジンを買う費用がたいへんとのこと。
農家の伯父はニンジンを箱で郵送してくれたり、直接届けてくれたりした。
家には母の仕事の弟子が住み込んでいて、ひとり青森出身の人がいた。
大きな木箱でリンゴが郵送されるようにもなった。

(私のために送られてきたんだ。母は努力してくれているんだ……)
私は申し訳ない気持ちになった。それから私は決意した。
(毎日、ニンジンジュースを気持ち悪くてもちゃんと飲もう)

毎日欠かさず飲んで6年が経った。
少しずつだが医師が驚くほど回復していった。
ニンジンジュースのおかげだったと信じている。

 

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