3歳で死ぬ運命だった私

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人は自分で運命を決める。
死ぬと思っている人は死を体験するし、死なないと思っている人はなかなか死を体験しない。

私はまだ生まれたときの記憶をもったまま、3歳になった。
母が針仕事をしていたため、怪我をしないように柱にくくりつけられていたことは話したとおりだ。

母は針仕事の師匠や同業者とともに温泉旅行に行くことを楽しみにしていた。
夫がいるのに、宿泊先で男たちに囲まれて、仕事の修行で味わえなかった青春時代に憧れていたのだろう。

しかし幼い私がいた。
母は私を家族に任せることができず、温泉旅行に同行させた。

その宿泊先で私は高熱を出した。
幼児はよく熱を出すものである。母は特段騒ぐこともなく、せっかくの温泉旅行を楽しもうとした。

それがいけなかった。

翌日、帰宅してもまだ熱は下がらない。
近所の大きい病院にかかると、腎盂腎炎と診断され即座に入院となった。
まだ3歳で、40度を超える高熱続きである。ほかの感染病がうつらないように隔離された。

3歳の小さな体では大人のようにはかんたんにはいかない。
解熱剤を投与すれば下がりすぎて寒気に襲われてブルブルと震え、解熱剤が切れれば40度になってハアハアとうなされた。

汗で水分は失われる。腎盂腎炎なので尿を出さないといけない。
水分をとっては看護師に抱きかかえられてトイレに行く繰り返しだった。

意識が朦朧とした。
夢か現実なのかがわからなくなった。

病院食は「甘くない」「しょっぱくない」「辛くない」といった味気ないものばかり。
高熱と解熱剤と脱水と意識朦朧のなか、もちろん食欲などなかった。

私は衰弱していった。

同じ病室にはもうひとり、ひとつ年上の女児がいた。キミエちゃんと呼ばれていた。
苦しそうな彼女に私は聞いた。「大丈夫?」

すると彼女は私を見て吐いた。私は思わず「ゲゲゲッ!」と叫んでしまった。
それから彼女のことは「ゲゲゲのキミエちゃん」と呼んだ。

数日後、キミエちゃんは元気になることなく、隣のベッドで息を引き取った。
彼女の遺体が運ばれたあと、彼女の母親から最後に「ありがとね」と言われた。
言葉にできない悲しみが心臓をキュッとつかみ、人の死というものを初めて目の当たりにした瞬間だった。

誰もいなくなった隣のベッドに、なぜか私自身が移された。
幼いながらも、私はこのベッドに移ると、自分は死ぬのではないかと不安になった。

そして、ここから最悪の運命のシナリオが始まる。
私は院内感染でおたふく風邪をうつされてしまったのだ。

医師は平謝りをしてこう言った。
「もう長くは生きられません」

絶望的だった。

私の意識は戻らなくなった。

 

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コメント

    • m.aki-44
    • 2018年 2月 24日

    病院の態度が、最悪ですね。
    読んでいて、腹がたってきました

    • そうですよね。
      おたふく風邪が治るまでは無償で往診してくれました。
      その後、主治医は独立して、個人病院のほうに通院しました。
      その主治医は、私が小学4年生のときに、がんで亡くなりましたので、それ以来は通院をやめました。

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